あくたればばあ
大間の奥の東側という小さな里に、矢平というところがあります。そこはむかし戦いがあった時、合図ののろしを上げたと言われている所でした。
ここに悪者たちのかくれががあって、あくたればばあという女盗賊が住んでいました。
うしろには大無間山というけわしい山がそびえたち、前方には、寸又峡という深い深い谷があり、それはそれはがんじょうで、なかなかのかくれがでありました。
女盗賊のかしら、あくたればばあは、気が荒く、残こくで、その悪性ぶりといったら、たとえようもありませんでした。その上、武芸も達者で、敵の射てくる矢を素手で受け取ったり、口とか足の指で受け止めたりするというはなれわざをもっていたのです。
あくたればばあは、いつもおおぜいの山賊どもを引きつれて、川根や井川のほうにも出没していました。
大酒をくらっては、畑をあらしたり、村人を殺したりする、そんなあくたればばあの悪党ぶりに、村人たちも困りはててしまいました。
ある年の大晦日、あくたればばあは家来に命じ、粟のこわ飯をたかせましたが、突然その飯の中に火が入り、焼きこげてしまいました。しかし、あくたればばあはなんと、それをものともせずに、バリバリと食べてしまったということです。
村人たちは集まって、あくたればばあをなんとか退治できないものかと相談しました。そして次の日、村の勇士を集めて盗賊の住み家をおそったのです。
次の日も、またその次の日も戦いは続き、なかなか勝負はつきません。
するとそこへ、ひとりの老人がやってきて、「まてまて、年寄りの出るまくじゃあないかもしれんが、ここんとこ、ひとつこの老いぼれの相談にのらんかい。」と言いました。どことなく気品があって、眼光もするどく、よろいをつければ一軍の将としてふさわしいほどの勇者のようでした。
「うぅん、あのばばあを岩穴の中においつめてしまえば簡単に退治できるんだがなあ。」
それを聞いた村人たちは、さっそく井川の方から、おおぜいで激しく攻め立てました。
あくたればばあは、
「こりゃあとてもかなわん、いそいでにげろ。」と言って、残った家来どもを引きつれて、天地というところにある岩穴にかくれました。
村人たちは、その岩穴を二重に囲み、じわじわと攻めはじめました。そしてひとりの勇敢な若者が背をひくくして、目の前の岩穴にさっと忍び込み、そのにっくきあくたればばあのとどめをさしたのです。
こうして、あくたればばあは、ことばとも、うなり声とも言えない声を出して最期をとげたそうです。
(参照)
「あくたればばあ」とは、あくたれる、乱暴な、ひどいいたずらをするという意味で使われているが、
たぶん、この女盗賊も、この種に属する人物であったに違いない。
「ばばあ」とか「ばんばあ」という言葉はやはり、意地悪い女とか悪態をつく女という意味で
呼ばれていたのである。