天狗石と大蛇
むかし、犬間の奥にある、湯の河内のほとりには、温泉がこんこんとわき出ていたということです。そこには、一匹の大蛇が住んでいました。
(ああ、いい湯だ。きょうものんびりできるなぁ。)
と、つぶやきながら、お湯につかってうとうとしていると、
山の上の方から、ウーン、ウーン、ウーンという、うめき声が聞こえてきました。
(いったい何だろう、たしかにおかしな声が聞こえてきたが…)
不思議に思った大蛇は、お湯から出て、山の上の方へ登って行きました。
すると、七つ峰の山の中に住む天狗が、全身きずだらけで倒れてうなっているのでした。
「どうしたんだ、ひどいきずではないか。はやく手当てをしなくちゃだめじゃないか。」と
かんたんな手当てをしながら、そのわけを聞いてみました。
天狗は、痛さをこらえながら、こう話してくれました。
「北の空からおそってきた雷王と、七つ峰をかけめぐって格闘した末、
雷王の吹き出す火の矢を受けて大やけどをおわされたんだ。」
かわいそうに思った大蛇は、天狗をつれて帰り、心をこめて介抱してあげました。
「あなたのおかげで危ないところを助かりました。ついては、何かわたしにできることがあったら、
ぜひご恩返しをさせてください。」
そこで大蛇は、天狗に向かって言いました。
「わたしは、ここの湯がたいへん気に入っており、いつまでもいつまでも住んでいたいのだが、
河原に石ころが多くて住みにくく困っています。」
それを聞いた天狗は言いました。
「わかりました。わたしが運び出してさしあげましょう。
そして、その石はあの山の頂上まで運び上げて、こんど雷王めとたたかう時の武器にしましょう。」
その夜、天狗の全快をいわってアケビ酒でほろよい気分で寝てしまった大蛇が、
翌朝目をさまして見ると、天狗の姿はなく、河原の石ころもすっかりなくなって、きれいになっていました。
(へえぇ、これはおどろいた。こんなにきれいになって夢のようだ。)
と大蛇は、あまりの変わりようにとてもおどろいた様子でした。
やがて夏が来て、嵐の夜、天狗石山では、ゴロッゴロッゴロッと天狗と雷王がたたかっているらしい音が、
一晩中鳴りひびいていました。
それ以来、天狗の姿を見かけたものはなく、雷も天狗石山の上では鳴らなくなったといいます。 そして、天狗が湯の河内から一夜にして運んだといわれる数多くの玉石だけが苔むしたまま当時の面影を今でものこしています。